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Vol.59 東北関東大震災について

○1.いつも脱線ばかりしていますが、今回は最初から脱線し仕事の話にはも
どらないことにさせて頂きます。

ご存知のように、3月11日の大地震と大津波それと福島第一原子力発
電所事故は、未曾有の大災害となってしまいました。

関西に住んでいると、もう一つ実感がわかないというのが実態でしたが、
日々被災地や被災者の皆さんの惨状をメディアで目にするにつれその辛苦は如何ばかりかと心を痛める毎日です。

お亡くなりになられた方々へ心より哀悼の意を表します。

では、
この大災害を受けて、我々は一体何を教訓とすべきなのでしょうか。

防波堤を10mではなく20mにすれば良いのでしょうか。
防災ネットワークをもっと迅速に稼動するように日頃から準備すべきなのでしょうか。
防災拠点をもっと拡充すべきなのでしょうか。
非常時に備えた情報通信ネットワークの充実を図るべきなのでしょうか。

どれもそうなのだろうと思います。
おそらく間違っているわけでもありません。

でも私には、何か根本的なところで我々に投げかけられている課題があるように思えてならないのです。

防波堤を20mにすればすべての津波は防げるのでしょうか。
でも将来それ以上の津波が発生することは否定できないと思います。

防災ネットワークを充実し、防災拠点を拡充し、情報通信ネットワークを整えても、東海・東南海・南海地震が同時に発生したら、この地帯が
日本の政治・経済の中心であることを考えると殆んど機能しないものになることは間違いないでしょう。

○2.今回の状況を見ていると
改めて私たち日本人は、世界有数の地震国に生まれたのだなぁという
宿命を感じざるを得ません。

自然とは恐ろしいものなのです。
防波堤とは、自然を征服あるいはコントロールできる物だという考えから発想されるものです。

原子力発電も同じようなものです。

そろそろ我々は科学技術を妄信することをやめ、自然と共存することを深く学ぶ時期に来ているのではないでしょうか。

日本に限らず
前世紀から人類は、世界のあらゆる地域に進出し、開拓し、科学やテクノロジーの光を灯し続けてきました。

あたかも地球の征服者、王であるかの如く。

でもそれは幻想なのです。
牙を剥いた自然に対し、人は無力なのです。

改めて、私たち人類は地球の表面に寄生させてもらっているただの小さな愚かなそして無力な生き物なのだということをしっかり自覚すべきなのではないでしょうか。

自然と共存するということは、必ずしも自然に屈服することを意味しません。
自然を良く知り、自然と調和的にそして人類の身の丈にあった生き方をすべきなのです。

もしこの大災害に教訓があるとすれば、戦後日本人の生き方そのものを真剣に考え直す中にしか見つからないと思います。

そのようなものが見つかるならば世界に先駆け、日本人にも明るい未来が待っていると思います。

それは国民一人ひとりが深く考え行動することでしか築くことは出来ないでしょう。

○3.世界の生活水準で見れば、日本のそれは相当上位にあります。

戦争・内戦や災害やその理由は何であれ、
日々の食事に事欠く人々は世界中に何億人もいます。
住む家のない人々も、病に苦しむ人々も同様です。

いま震災の惨状を見て、日本中で助け合う機運が広がっていることには
まったく異論があるわけではありませんが、
昨日まで世界中で飢餓に苦しんでいる人たちのことを一顧だにしなかった人々が同胞には惜しみない援助をする・・・
憐憫の思いは、共感は、同情は、国境を越えないのでしょうか。

勿論、この時期に
災害義捐金詐欺や窃盗などしている輩(やから)は論外です。
食品や日用品の買占めも本当に情けない行動だと思います。

私は、被災者も、幸いにしてそうでなかった人たちも心静かに考える良い機会なのだと思います。

ともすれば
人は昨日と同じように明日も過ごすことが心地よいと感じるものです。が、
もうそのようなことも不可能だと、皆が感じ始めている筈です。

余りにも便利さを求め、快適を求め、人に頼り自分の頭で考えることもなく生きることに慣らされ過ぎたのではないでしょうか。

そのような意味でもこの災害は被災者でない私たちにも深いものを鋭く突きつけたことだけは間違いありません。

最後に
被災者の皆様が一日も早く平穏な生活に戻れることを心よりお祈りしております。

今回もお読み頂き誠にありがとうございました。

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○【次号予告】 次回3月号のテーマは、未定です。